
M&Aノウハウ
最終更新日: 2026/10/16

「エンジニアの採用が難しく、受注を増やせない」「自社サービスを伸ばしたいが、開発資金や営業体制に限界がある」「後継者がいないため、会社を引き継いでくれる相手を探したい」。IT・ソフトウェア会社の経営では、こうした課題が重なることがあります。
M&Aは、会社や事業を第三者に引き継ぎ、技術・人材・顧客基盤を次の成長につなげる選択肢です。ただし、受託開発、SES、SaaSでは収益構造が異なるため、売上高や従業員数だけでは適切な評価はできません。
本記事では、IT・ソフトウェア業界のM&Aを検討する経営者に向けて、事業別の評価ポイント、売却相場の考え方、公表されている実名事例3選、譲渡までの流れと注意点を解説します。
目次
IT・ソフトウェア業界のM&Aとは、システム開発会社やソフトウェア提供会社などの株式・事業を譲り受け、経営資源を組み合わせる取引です。会社全体を引き継ぐ方法のほか、特定のプロダクトや開発事業を対象とする方法もあります。
事業の種類 | 主な収益の源泉 | M&Aで確認したいポイント |
|---|---|---|
受託開発・システムインテグレーション(SI) | 開発案件、導入支援、保守・運用 | 顧客との直接取引、得意業界、案件別採算、継続受注、プロジェクト管理力 |
SES | エンジニアの技術支援・業務支援 | 技術者のスキル、稼働状況、単価・粗利、定着率、契約と業務実態の整合性 |
SaaS・クラウドサービス | 月額・年額の継続課金 | 継続売上、解約状況、顧客単価、収益性、プロダクトの競争力 |
パッケージソフトウェア | ライセンス販売、保守、更新、導入支援 | 導入顧客基盤、保守契約の継続性、更新需要、製品の権利関係 |
複数の事業を展開する会社では、売上・利益を事業別に分けると、強みを説明しやすくなります。たとえば、受託開発の売上と自社SaaSの継続課金売上を分けることで、買い手は安定性と成長性をそれぞれ検討できます。
株式譲渡は、株主が保有する株式を譲渡して会社の経営権を引き継ぐ方法です。会社自体は存続しますが、借入れや過去の取引に関するリスクも会社に残るため、買い手による調査が必要です。株主変更に伴う通知・承諾が必要な顧客契約がないかも確認します。
事業譲渡は、対象とする事業や資産などを選んで譲渡する方法です。自社サービスだけを譲渡したい場合などに検討されます。顧客契約、従業員、ソフトウェアの権利、クラウド環境などについて、個別に承継の方法や同意・手続きの要否を確認する必要があります。
どちらが適するかは、譲渡対象、契約、税務、残したい事業によって変わります。価格だけで決めず、引継ぎの実行可能性まで含めて検討しましょう。
みつきコンサルティングがM&Aデータベース「MARR Pro」を基に集計したデータによると、2025年の「ソフト・情報」分野のM&A件数は1,342件でした。対象会社が「ソフト・情報」に分類される取引の集計です。
出典:みつきコンサルティング「IT・ソフトウェア業界のM&A動向|買収件数・譲渡価格・成功事例」(2026年3月8日付。「MARR Proより当社集計|対象会社業種:ソフト・情報」と明記された本文・グラフを参照)
項目 | 内容 |
|---|---|
対象年 | 2025年 |
M&A件数 | 1,342件 |
対象業種 | 対象会社が「ソフト・情報」に分類されるM&A |
集計元 | みつきコンサルティングが「MARR Pro」を基に集計 |
この公表データは、IT・ソフトウェア関連分野で多くのM&Aが行われていることを知る参考になります。一方、自社の売却可能性や価格は、収益構造、人材、顧客基盤などによって異なるため、件数だけで判断することはできません。
集計上の注意:この記事で扱う「IT・ソフトウェア」と、統計上の「ソフト・情報」は対象範囲が完全には一致しません。上記は同社が公表した集計値であり、非公表案件を含む業界全体の総件数や、シェアモルM&Aの仲介実績件数ではありません。また、経営権の移転を伴う買収・事業譲渡のみを対象とした別の統計とは、単純比較できません。
IPAの「DX動向2025」を取り上げた公表資料では、日本企業の85.1%がDXを推進する人材の不足を回答しています。これはIT企業だけの数値ではありませんが、企業のデジタル化を支える人材の確保が広い課題であることを示しています。
出典:IPA「DX動向2025―AI時代のデジタル人材育成」(2025年10月9日公表)
買い手にとって、M&Aは技術者だけでなく、開発チームの連携や特定業界の業務知識を引き継ぐ手段になります。売り手にとっても、グループの採用・教育基盤を活用できれば、自社だけでは対応が難しかった案件に取り組める可能性があります。
技術力があっても、新規顧客の開拓や全国展開に十分な人員を割けない会社はあります。営業基盤を持つ会社とのM&Aにより、既存サービスの販路拡大や、開発から保守までの一貫対応を目指せます。
一方、同じ分野のサービスを持つ会社同士では、製品の統廃合が論点になります。自社サービスを残したい場合は、ブランド、開発方針、顧客サポートの扱いを早い段階で確認することが大切です。
社長が営業、見積り、採用、技術判断まで担う会社では、経営者の退任が事業継続に直結します。M&Aにより経営を引き継ぐ選択肢はありますが、社長が退いた直後も案件を受注・遂行できる体制があるかが重要です。
譲渡の準備として、主要顧客との関係を複数人で担う、見積りの判断基準を整理する、開発責任者を育てるといった取り組みを進めましょう。買い手が引継ぎ後の事業運営を具体的に想定しやすくなります。
IT・ソフトウェア会社の売却価格は、一律に「売上の何倍」「利益の何年分」とは決まりません。収益構造、将来の成長、人材の定着、顧客集中、借入れ、買い手との相性などによって評価は変わります。
企業価値の評価では、類似企業・取引の指標を参考にする方法、将来のキャッシュフローを現在価値に換算するDCF法、資産・負債をもとに検討する方法などがあります。中小企業では、決算上の利益に一時的な費用や経営者固有の費用が含まれることもあるため、継続的に生み出せる利益を整理することが出発点です。
また、事業の価値と株主が受け取る株式の対価は同じではありません。事業価値を起点とする評価では、現預金・有利子負債・非事業用資産などを調整して株式価値を検討します。売主の最終的な手取りは、さらに税金や手数料などによって変わります。
受託開発では、売上が大きくても不採算案件や追加対応が多ければ利益は安定しません。案件ごとの粗利、工数の見積り精度、保守契約、主要顧客の継続性を整理することが重要です。
SESでは、エンジニアの人数に加え、単価と人件費の関係、待機期間、退職率、商流、管理者の育成状況などを確認します。特定の技術者や取引先に依存している場合には、その人や契約が離れたときの影響を説明できるようにしておきましょう。
SaaSでは、ARR(年間経常収益)やMRR(月間経常収益)に加え、成長率、解約率、既存顧客からの売上維持・拡大、顧客獲得費用、粗利益率などを確認します。ARRが同じでも、解約が多いサービスと、長く利用され追加契約が生まれるサービスでは評価が異なります。
ARRなどの集計では、初期導入費や単発の受託開発収入を継続課金と混同しないことも重要です。指標の定義と算出根拠をそろえ、月次データで説明できる状態を目指しましょう。
詳しくは、SaaS企業のバリュエーション|PSR・ARRマルチプルと売却価格もご覧ください。
自社のどの強みが評価につながるか、整理してみませんか。
売却を決めていない段階でも、事業の特徴や希望条件を整理することが第一歩です。
以下は各社の公表資料に基づく業界事例です。シェアモルM&Aの仲介実績を示すものではありません。社名・対象事業・条件は原則として当時の公表内容を記載し、その後の重要な変更は注記しています。各事例の「参考になる点」は当記事の考察です。
システムアイは、金融・流通業界の業務知識を持ち、システムコンサルティングや業務システムの設計・開発などを手掛けていました。SHIFTは、エンジニアや業界知識の獲得、高付加価値案件の受注拡大、顧客へのクロスセルを取引の狙いとして説明しています。
出典:SHIFT「株式会社システムアイの株式取得に関するお知らせ」(2019年2月28日) / システムアイ「株式会社SHIFTグループ参画のお知らせ」(2019年3月1日)
参考になる点:開発会社の強みは、技術者数だけではありません。金融など特定業界の業務理解と開発経験を整理することで、買い手の事業との補完関係を説明しやすくなります。
freeeは、会計事務所向けのクラウド税務・会計・給与サービスを提供するMikatusを連結子会社化しました。Mikatusが運営する「A-SaaS」のサービスやノウハウを取り込み、会計事務所とその顧問先のクラウド化を推進する方針を示しています。
出典:freee「Mikatus社、freeeグループへの参画完了のお知らせ」(2022年6月30日)
参考になる点:ソフトウェアの機能に加え、専門業務のノウハウや顧客との関係が買い手のサービスを補う場合があります。自社製品がどの業務を支え、どの顧客層に利用されているかを明確にすることが大切です。
マネーフォワードは、SaaSマーケティングプラットフォーム「BOXIL」などを展開するスマートキャンプのグループ化を発表しました。バックオフィスSaaSからSaaSマーケティングへの領域拡大と、両社の顧客基盤・営業ネットワークの活用を狙いとして示しています。
出典:マネーフォワード「国内No.1のSaaSマーケティングプラットフォームを提供するスマートキャンプ株式会社をグループ会社化」(2019年11月11日)
その後の変更:スマートキャンプは2025年11月4日、マネーフォワードグループを離れ、丸の内キャピタルを新たな親会社に迎えたことを公式に報告しています。本事例は2019年の取引を紹介するもので、現在もマネーフォワード傘下にあることを示すものではありません。
出典:スマートキャンプ公式note「マネーフォワードグループ卒業のご報告と、これからの成長へ向けて」(2025年11月4日)
参考になる点:IT分野のM&Aでは、開発力だけでなく、顧客獲得の仕組みや販売支援機能を組み合わせる取引もあります。なお、上記金額は当時の取得対象に対する金額であり、会社全体の株式価値や一般的な売却相場とは区別が必要です。
開発責任者や主要顧客を担当する社員が退職すると、受注やサービス運営に影響が及ぶおそれがあります。買い手とは、雇用条件、評価制度、働き方、技術方針、経営者が引継ぎに関与する期間をすり合わせましょう。
従業員への説明は、情報漏えいを防ぐ配慮と、不安を放置しない配慮の両方が必要です。誰に、いつ、何を伝えるかを事前に決め、説明後に質問を受け付ける体制も用意します。
主要顧客との契約では、株主や経営権の変更に関する条項、契約上の地位の移転、再委託、秘密保持などを確認します。受託開発では、納品後の追加対応や損害賠償の範囲、検収未了案件も確認対象です。
SESでは、準委任・請負・派遣といった契約の名称だけで判断せず、実際の指揮命令関係や業務運営を確認します。派遣事業を行っている場合は許可や管理体制、採用・労務の状況も含め、専門家と確認することが必要です。
自社開発ソフトウェアであっても、外部委託部分の権利帰属や第三者ライブラリの利用条件が不明確なことがあります。著作権などの帰属、OSS(オープンソースソフトウェア)のライセンス、顧客への権利譲渡の有無を整理しましょう。
あわせて、ソースコードの管理、設計書、テスト、障害対応、脆弱性対策、顧客データへのアクセス権限も確認します。古いシステムの改修やクラウド移行に多額の費用がかかる場合、その負担は価格や条件の交渉に影響します。
生成AIを開発や製品に利用している場合は、入力データの管理、提供元の利用規約、外部モデルへの依存、運用コストも整理します。「AIを使っている」という説明だけでなく、品質や採算への影響を示すことが大切です。
M&A後の統合作業はPMIと呼ばれます。管理部門の統合だけでなく、営業連携、開発ツール、製品方針、顧客サポートなどの進め方を決めます。一度に変更しすぎると現場や顧客の負担になるため、優先順位を付けましょう。
また、売却価格の支払い時期、業績に応じた追加対価、表明保証、補償、競業避止、経営者保証の扱いなども重要です。仲介会社等に依頼する際は、手数料の計算方法、最低手数料、契約期間、専任条項などを確認します。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」も、支援内容や契約を確認する際の参考になります。
期間は、買い手候補の有無、資料の整備状況、契約の承継手続きなどによって変わります。希望時期がある場合は、逆算して早めに準備を始めることが大切です。
分類 | 準備する資料の例 |
|---|---|
財務・収益 | 直近3期程度の決算書、最新試算表、事業別売上、案件別粗利、借入明細 |
顧客・契約 | 主要顧客別売上、契約書、更新・解約条件、受注残、保守契約一覧 |
人材・組織 | 組織図、スキル一覧、雇用・外注契約、退職率、キーパーソンの役割 |
製品・技術 | 製品一覧、構成図、権利関係、開発・保守体制、主要な技術課題 |
SaaSの指標 | 月次のMRR・ARR、解約状況、顧客数、顧客単価、各指標の定義 |
株式・経営 | 株主名簿、資本構成、経営者保証、希望する引継ぎ条件 |
初回相談の段階で、すべてを完成させる必要はありません。まずは決算書と事業概要から整理し、詳細な個人情報や顧客情報は、開示先・目的・必要性を確認して段階的に共有しましょう。
検討できます。規模だけでなく、得意技術、継続顧客、保守収入、開発体制などが判断材料になります。ただし、経営者個人に受注や開発が集中している場合には、退任後も事業を維持できるかを確認する必要があります。
可能性はありますが、成約や価格を保証するものではありません。先行投資による赤字なのか、不採算案件や解約による赤字なのかで評価は変わります。買い手が改善に必要な費用や期間を判断できるよう、原因を明確にしましょう。
初期相談や候補先への匿名打診は、開示範囲を限定して進める方法があります。ただし、買収調査や引継ぎでは関係者への説明が必要になる場面があります。社内外への公表時期をアドバイザーと相談して決めましょう。
事業譲渡などを検討できます。ただし、ソフトウェアだけでなく、顧客契約、保守体制、開発者、データ、外部サービスのアカウントなど、運営に必要なものを引き継げるかが重要です。
買い手との合意により、代表者や役員として継続する場合や、一定期間の引継ぎに関与する場合があります。役割、権限、報酬、関与期間を具体的に協議しましょう。

IT・ソフトウェア会社のM&Aでは、決算に表れる利益に加えて、エンジニアの技術、顧客との関係、継続収益、プロダクトの権利や運営体制が検討の対象になります。
希望する譲渡につなげるには、「いくらで売りたいか」とともに、「従業員の雇用」「自社サービスの継続」「経営者の退任時期」などの優先順位を整理することが大切です。
シェアモルM&Aでは、会社・事業の売却や事業承継に関するご相談を受け付けています。譲渡企業様は、着手金・中間金不要の完全成果報酬型です。最低成果報酬など、料金の詳細は個別にご案内します。
「まずは選択肢を知りたい」という段階からご相談ください。
受託開発、SES、自社ソフトウェア、SaaSなど、事業内容やご希望をお聞かせください。
各取引の条件・目的は当時の公表資料に基づきます。評価方法や確認事項は一般的な説明であり、個別案件では税理士・弁護士等を交えて確認してください。
最終更新日: 2026/10/16
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齋藤 康輔シェアモル株式会社 代表取締役
東京大学教養学部基礎科学科在学中、半導体(シリコン)のシミュレーションを専攻する傍ら、 後に上場する株式会社ムービン・ストラテジック・キャリアにてインターンとして勤務。
在学中に人材会社向け業務システムを開発し、大学卒業後は同社初の新卒社員として入社。
2007年3月に共同出資でマッチングッド株式会社を設立し、同システムを「マッチングッド」として販売開始。
12年の経営を経て、2019年1月に東証プライム上場企業の株式会社じげんに株式譲渡。
2019年9月、売却資金を元手にシェアモル株式会社を設立。
自身のM&A経験を通じて、買い手と売り手の間にある情報の非対称性や、M&A仲介会社が提供する付加価値に課題を感じ、 自身が心から依頼したいと思える、付加価値の高いM&A仲介サービスを目指して、IT・AI技術をフル活用したM&A仲介事業「シェアモルM&A」を展開中。